空白の一ヶ月
あの時、命からがらEOS部隊から逃亡した俺は
自らの半生が無駄なモノであった事に絶望していた。
ただ闇雲に逃げた俺の目の前に焼け爛れた表面を晒したスクラップが目に入った。
廃棄され、軌道からはずれて宇宙をさまようゾードム軍の補給ステーション。
遠くから見たこのステーションの有様は全てを失った惨めな負け犬に相応しい檻の様に見えた。
「・・・生体、熱源、動体反応無し・・・か。損壊した部分は居住区だけ・・・使えるかもしれん・・・」
最後までしつこく追尾して来たワスプを受け止めて、もはやただのスクラップと化したカノンを捨てた。
いささか動作のぎこちなくなったマニピュレーターでハッチをこじ開ける。
ハンガーの中に損傷を受けて修理の最中だったのであろうシャ−べが漂っている。
設備は使えなくとも簡単な応急修理の場には使えそうだ。
俺はここで半壊したアインハンダーを可能な限り修理した。
無論、戦闘なぞ行えるものでは無い。かろうじて宇宙空間の移動が可能といった程度のものだ。
せめて同じ死ぬ運命ならば、少しでも故郷の近くが良いという後ろ向きなプランのもとに
俺はステーションをあとにした。
武装は固定武装の機銃と先述のシャーべに搭載されていた弾丸の減ったバルカンだけ。
こんな状態ではEOSの一機にでも遭遇すれば一巻の終わりだ。
ハイペリオンからの情報も無しに宇宙空間を進む。
自分を支えるものは何も無い。この世の全ては俺の敵に変わってしまった。
誘導も情報も無しで、ただ遠くに見える故郷の他の星と見間違えそうな故郷へと向かう。
かつての無謀な自信は何処にも残ってはいなかった。
遠くで幾つかの光点が動いた。
今の俺には俺以外の動くものは皆、敵だ。
既に俺はセレーネ軍の制圧圏内に入っている。
アステロイドの森の中をステルスモードのままで、ほぼ慣性で移動しているとはいえ、
俺の機のセンサーで確認出来たのだ。向こうのレーダーやセンサーには引っかからんだろうが
もうすぐ目視で連中に見つかるはずだ。
今まで何度も死線をかいくぐって来た。もういい加減に俺の悪運も尽きた頃だろう。
最後は同胞の手で黄泉へ送られるのも悪くはない。
不味い非常用携帯食糧にも、俺自身の体臭も浄化出来なくなった酸素再生システムにも
広大無辺な星々の眺めにも、うんざりしていたところだ。
「さあ・・・来い!もう抵抗するのも、億劫だ。殺されてやるよ・・・」
機体の種類が識別出来る程に接近してきた。良く知っている機体だ。知り過ぎているほどに。
「・・・因果なもんだ・・・」
神が居るとしたら余程に陰険な性格をしていることだろう。実に皮肉な筋書きを書いてくれる。
俺の目の前に現れたのは3機のエンディミオンMkV。
訓練で良く乗った機体だ。武装ポッドの充実よりも固定武装を強化している、
マニピュレーター操作の適性が低い者へ支給される機体だ。
どうもまさに新米の訓練中らしい。
アステロイドの中を効率良くすり抜けようとして余計に無駄な動きが増えている。
まだ機体の感覚に慣れてないらしい。
見ればあの新米どもは二機がワスプを、一機がカノンを装備している。俺の最も使い慣れた武器だ。
連中の拙い動きを見ていると諦め切ったはずの俺の頭につまらない欲が湧いてきた。
三機のMkVはアステロイドの陰に居る俺に気付いていない。
食える獲物は全て食え。
アインハンダー乗りとしての俺のモットーだ。このやり方が俺をここまで連れて来た。
頭に浮かんだ一瞬の思いは迷いが俺にこびり付く暇を与えなかった。
もはや無意識で行う動作でステルスモードを解除。同時にコンバットモード機動。
スラスターに火が点る。武器ポッドのバルカンを軋むマニピュレーターがつかみ出す。
相手に何が起きたかを認識させはしない。アステロイドから飛び出した俺は
コックピットへ機銃とバルカンの一斉射撃を見舞う。
地球上でゾードム軍を相手にする時のように、
“敵パイロットが死亡させた後、可能ならば機体も完膚無きまでに破壊せよ”
などという上層部の意向を気にする必要も無い。
無駄無くパイロットのみを射殺し、残り2機のMkVの死角へと身を隠す。
一瞬前の俺の居場所にカノンの砲弾とワスプの直進ロケットが殺到した。
「おい、無駄に弾をバラ撒いてくれるなよ。後で使う者の身になれ」
アステロイドの陰を利用しながら墜としたMkVへ近寄りワスプを奪う。
「ワスプはこう使うんだ」
追尾ミサイルとして発射した6本のワスプは新米パイロットを動揺させるには十分だった。
回避しようとして、ただ遠くへと直進する二機のMkVに機銃とバルカンのセットを振舞ってやる。
地球上での戦闘の様に喧しい騒音は何ひとつしない。
二機のMkVは少しだけ身を震わせコントロールを失い近くのアステロイドに衝突した。
「・・・そういえば、この機体で同朋を殺すのは初めてだったな・・・」
ついこの前までは、故郷の勝利の為に、月に住む全ての人間の為に。そう信じて戦っていた。
俺は薄い倦怠感を感じながらカノンともう一つのワスプを武器ポッドに収めた。
まぶた越しに光が目を射し、うたた寝の夢から俺を現実に引き戻した。
故郷の影から太陽の光が漏れている。巨大なリングと化した故郷が眩しい。
7時間前、mkV三機を撃墜した俺は即座にその宙域を離れた。
あの三機のうち二機は俺を見て攻撃してきた。
連中の母艦か基地に俺の情報が伝わっている可能性が高い。
識別されるほど長く、連中の視界に居たわけでは無いが、
ゾードム軍との交戦領域からあまりに遠く離れた宙域での事だ。
何が起きたかを推測して、EOS部隊が取り逃がしたネズミの事を思い出すには十分だろう。
俺は生き延びたくなっていた。故郷に近付く程に諦念ではなく未練が湧いてきた。
だが今のこの機体で月面に着陸しても、10分と経たずに発見され殺されるだけだ。
このまま故郷の影の中を逃げ回っていても飢えて死ぬか狩り殺されるだけ。道は無い。
途方に暮れる俺の耳にセンサーのアラーム音が響く。瞬時に意識が張り詰める。
「追手か・・・!?」
レーダーの端をゆっくりと移動する機体が有る。中型の艦だ。
こちらに向かって来る動きでは無い。
「俺に用が有るわけじゃ無いようだな・・・」
安堵の息を漏らしつつ、その艦の行く先を見る。おそらくこれから月に戻るのだろう。
「あの艦に同乗出来たらな・・・」
苦笑とともに口をついて出た言葉だが、2秒で苦笑は消え失せた
「我が艦に接近する機体に警告する。これ以上の接近を禁ずる。従わない場合は撃墜する。繰り返す・・・」
俺の「隠れ蓑」になってもらう事にした中型の艦は決まり文句を繰り返している。
無論従うつもりなどこれっぽっちも無い。
あの艦が月の引力圏に入った瞬間に仕事を済ませなければならない。
早過ぎれば失敗。壊し過ぎても失敗。厄介な作業だ。
「くそッ!やはりこれ以上のスピードは無理か・・・」
スピードが完調の時の2/5程までしか出せない事が腹立たしい。
ダメージを受けたジェネレーターは時々しゃっくりの様な振動をコックピットまで伝えている。
これ以上、スピードを上げればジェネレーターが停止してしまうだろう。
俺はあの艦と一緒に月へ戻ることにした。ただし向こうは墜落してもらわねばならないが。
あの艦を航行不能にし墜落させて、それに紛れて地上の管制やレーダーを騙す。
分の悪い賭けだが、おそらくこれが最後のチャンスだ。
十数日もこの機に乗り続けている。これ以上の疲労に俺の肉体は保たないだろう。
断続的に向こうの機銃の火箭が俺の傍を通り抜ける。
それを回避する度に頭の奥に恐怖と歓喜の火花が散る。
疲れてはいるが鈍ってはいない。いいことだ。
俺は機体の動きでト音記号を描きながら相手との距離を詰めていった。
目の前の艦の姿が見えてきた。中型の輸送艦だ。
「悪くない。邪魔な武装が少ないところなんか理想的だ・・・・・・ん?」
輸送艦の左のハッチが開いた。中から一機の影が踊り出た。
「迎撃しようと言うのか、いいだろう。4秒で墜としてやる」
マニピュレーターの武器をカノンからバルカンに持ち替えて一斉射。
だが影は先ほどの俺を真似するかのように派手な動きで回避して
猛烈な勢いのバルカンを撃ってきた。
「くッ・・・これは・・・・・・・・・ジュノーか!?」
輸送艦へのコースを多少ずれたが回避には成功した。
速やかに元のコースへと戻りながら、影の機体を見た。
ジュノーを二つ装備したアストライアーmkTがこちらに向かって突進して来ていた。
舌の奥を清涼感の無いミントの様な味が占領している。
極度に集中して操縦する時にいつも感じる感覚だ。きっとアドレナリンのせいなのだろう。
かなり縮んでいた輸送艦との距離が、また開いていく。
たった一機のアストライアーmkTに俺は翻弄されていた。
俺の機体が損傷している事も原因の一つだが、このパイロットの腕も並みでは無い。
俺が牽制のためにバラ撒いているワスプの追尾ミサイルにも動じず、
冷静にミサイルの動きを読み的確な動作で回避し、必要な分だけジュノーで叩き落している。
「・・・畜生。完調の、機体で・・・殺り合い・・・たかったな・・・」
俺の周囲だけジュノーの嵐が吹き荒れている。0.01秒の遅れで確実に墜とされる。
おそらく奴のジュノーの弾切れよりも、こちらのワスプのミサイルが尽きる方が早い。
そうなれば奴が遠慮する理由は無い。大喜びで俺にジュノーのシャワーを浴びせに来るだろう。
『損傷した機でよくもそこまで凌げるものだな』
唐突に低い声が全周波数で飛びこんで来た。俺は回避に忙しく
アストライアーmkTのパイロットだと気付くのに3秒程かかった。
「・・・お前程度の相手なら・・・この位の、ハンデが・・・丁度いいのさ」
こちらも全周波数で減らず口を叩いてやった。
『言ってくれる』
ジュノーの掃射が止み、途端に奴の機体の姿が消えた。
まずい。何か仕掛けてくる。
そう思った瞬間、俺の機を衝撃が襲った。
視界が回転する。頭で何か考えるより先に本能が体を動かした。
姿勢も立て直さず、ただ、その場を離脱する。
俺の背後でジュノーの奔流が過ぎ去る気配がする。
マニピュレーターが掴んでいたワスプは下部3/4を綺麗にこそぎ取られていた。
突然、四肢の中心を冷たい電気が走った。本能の危険信号だ。
俺は理由も考えずに機体を跳ね上げた。
アドレナリンの過剰分泌がもたらす引き伸ばされた時間の中で
すぐ後ろに居る奴がジュノーを掃射するのが見えた。
奴がすぐ近くに居る。だが武器ポッドからカノンを出す暇など無い。
掃射しながら下を高速で通り過ぎる奴に俺はマニピュレーターを叩きつけた。
上部ガンポッドのジュノーがひしゃげて弾け飛ぶ。
『くああああッ!!』
スイッチを入れっ放しにしてたらしい。奴の苦鳴が無線機から響く。
奴の機体はバランスを大きく崩し、各部のスラスターが大慌てで姿勢制御に奔走している。
奴より早く機を立て直した俺はカノンを取りだし照準を合わせた。
相手が強かろうと弱かろうと最後にする動作は変わらない。
「楽しかった。あばよ」
俺はいつもと同じ様にトリガーを引いた。
引用
第1スレ 02/05/24 〜 02/08/20
スクウェアの隠れた名作 ''アインハンダー''
http://game2.2ch.net/famicom/kako/1022/10221/1022168122.html
より
39・44・59・72・75・90氏 作
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